木原光知子さんは、1948年4月生まれ。団塊世代のまっただ中。若くして有名になり、実力と人気を兼ね備え、年齢が進むにつれて、活動の幅を拡げてきた。水泳教室を主宰し、健康な生活を各地で広め、自らも実践してきた人なのだが、あまりの急な知らせにまだ事実の重さを実感できないでいる。ともあれ、報道は多くなされている。
2007年10月18日、くも膜下出血のため死去。享年59歳。
最後のラジオ放送では、この言葉が最も印象に残った。
「老いることは怖くない。目的がなくなることが怖い。何でもいいから、好きなことを見つけることが大事。私たちの年代は、みなさん賢くて理解力があるから、長生きすると思います」
以下、報道より。
2007年10月18日、くも膜下出血のため死去。享年59歳。
最後のラジオ放送では、この言葉が最も印象に残った。
「老いることは怖くない。目的がなくなることが怖い。何でもいいから、好きなことを見つけることが大事。私たちの年代は、みなさん賢くて理解力があるから、長生きすると思います」
以下、報道より。
木原さんがラジオにゲスト出演したのは死去の10日前。生放送された文化放送「ドコモ団塊倶楽部」。
団塊世代の健康をテーマに、スポーツドクターの平石貴久氏、漫画家の弘兼憲史氏とともに2時間半にわたるトークが弾んだ。
弘兼氏が「漫画家はみんな“目と腰”にきますね」と語ると、木原さんはこうアドバイスした。
「腰を痛めた方はスイミングがいいです。腰痛、肩こり、体の悪い人、“顔”の悪い人にも効きますよ。しかも即効です!」。ジョークを交えると、「だから木原さんは美人なんだ」と平石医師が切り返した。
その一方で、「実はきのう(7日)自由形の50メートルで、隣りのコースの人に負けたんです。ホントにショックでした。私に勝った方はものすごく喜んでいると思います。ショックで悔しくて眠れませんでした」と、負けず嫌いの一面ものぞかせた。
さらに、「洗濯しようとして冷蔵庫を開けた時はショックでしたね」と、老いからくるうっかりミスも隠さなかったが、前向きだった。
エンディングではこう締めくくっていた。
「まだ話し足りません。私たちの時代はこれからです。楽しみましょう。まず、健康じゃないといけないので、“泳ぐ”より“水の中で楽しんで”ください。お教えします」
関係者によると、木原さんは13日、神奈川県平塚市の親子水泳教室で指導中にプール内で倒れ、そのまま病院に搬送された。一時意識は戻ったが、18日未明に息を引き取った。

