2007年8月1日午前5時29分、「北の宿から」「UFO」など戦後歌謡史を彩る多くの名曲を送り出した作詞家・作家の阿久悠(あく・ゆう、本名・深田公之=ふかだ・ひろゆき)さんが、尿管がんのため東京都内の病院で死去した。享年70歳。
数々の日本レコード大賞受賞曲を初めとして、生涯に作詞した曲は5000曲に及ぶという。団塊世代の成長過程では、常に彼の作った歌が流れていたのではなかろうか?
数々の日本レコード大賞受賞曲を初めとして、生涯に作詞した曲は5000曲に及ぶという。団塊世代の成長過程では、常に彼の作った歌が流れていたのではなかろうか?
阿久悠さんは、哀歓あふれる演歌からコミカルなポップスまで幅広く手がけた。
【日本レコード大賞受賞曲】
「また逢う日まで」(尾崎紀世彦)
「北の宿から」(都はるみ)
「勝手にしやがれ」(沢田研二)
「UFO」(ピンク・レディー)
1937年、兵庫県・淡路島生まれ。明治大文学部卒業後、広告会社でテレビ制作などを手がけた後の1965年、28歳でフリーとなり作詞を中心に執筆活動に。
1971年に始まったオーディション番組「スター誕生!」では企画、審査員を務め、同番組は桜田淳子、山口百恵、小泉今日子らを生み出した。
☆ この番組はとても印象に残っている。スターを公開のオーディションによって発掘しようという試みが斬新だったことと、審査員の辛口コメントが聞いていてプロの存在を感じさせたものだ。
また小説「瀬戸内少年野球団」は直木賞候補にもなり、後に映画化された。
2001年に腎臓がんの手術を受けた後も活動したが、今年7月上旬から入院していたという。

