2007年07月29日付けアサヒコムの記事に驚かされた。「76歳、谷崎潤一郎の手紙公開 お手伝いの女性に」というもの。作家の谷崎潤一郎(1886〜1965)が晩年、谷崎邸を去った若いお手伝いの女性に送ったとされる手紙のこと。76歳にして、気に入ったお手伝いさんを自分の元に引き留めようとして腕の痛みをこらえながらしたためた手紙が公開されているらしい。老いてなお盛ん。倫理的に見てどうなのかはさておき、老いに負けず自分の欲望に忠実に生きる率直さは大したものだ。さすがは数々の作品を残した作家である。
記事の内容、以下のとおり。
作家の谷崎潤一郎(1886〜1965)が晩年、谷崎邸を去った若いお手伝いの女性に送った手紙が、兵庫県芦屋市の市谷崎潤一郎記念館で公開されている。
当時20歳だったこの女性に戻ってきてもらおうと、短歌を詠んで引き留めを図ったことが文面から伝わってくる。
同館の永井敦子学芸員は「谷崎は気に入った人にはとことん好意を示したと言われる。晩年までそうした執着が強かったことがうかがえる貴重な資料だ」と話している。
手紙は、谷崎が静岡・熱海に住んでいた時に雇っていたお手伝いの女性にあてたもの。亡くなる約3年前の1962年秋、谷崎が76歳の時に書かれた。
当時は若い女性のお手伝いが7、8人いたが、この女性は谷崎に特に気に入られていたため、周りの人との関係を気遣って半年ほどで辞めて兵庫県の実家に帰った。その直後、女性の元に手紙が送られてきたという。現在は稲美町に住むこの女性(64)が今年6月、同館に手紙を寄託した。
手紙は便箋(びんせん)4枚にペンのようなもので書かれ、女性の声を褒める歌も書かれている。この他に京都で会う約束をしたいと求める手紙など谷崎が女性に書いた4通と谷崎の妻松子が書いた3通、手紙に書かれた短歌をしたためた色紙などが寄託された。
谷崎は腕がしびれる病気になり、この当時は作品を口述していたが、「痛い手をがまんして自分でこの手紙をかきました」と記している。谷崎からの計5通のうち2通が直筆だという。
同館は9月2日まで、女性から寄託された手紙のうち1通と色紙などを展示している。問い合わせは同館(0797・23・5852)。

