日本の元気を左右するのは1500万人を超える「団塊の世代」近傍の人々。セカンドライフをどう過ごす? 全面関連情報満載を目指し、コツコツ更新中。
管理者ページ 
2007年7月30日午前2時5分、作家の小田実さんが東京都中央区の病院で死去した。75歳。大阪市出身。ベストセラー旅行記「何でも見てやろう」やベトナム反戦などの平和運動で知られ、護憲を訴え続けた人だ。団塊世代から見れば、15年ほど年上だが、著作やベ平連の運動などを通じて大きな影響を持った人ではなかろうか?



(小田氏は、)今年4月、知人らにあてた手紙で末期がんであることを公表。病室で取材に応じ、平和への発言を続けていた。

高校時代に小説を書き始め、東大大学院在籍中の1958年、フルブライト留学生で米国へ。ハーバード大大学院で学んだ後、欧州や中近東、アジアなどを旅行し、61年に「何でも見てやろう」を発表。海外渡航が一般的でなかった時代に、若者を中心とする読者に支持された。

 帰国後は予備校講師の傍ら、哲学者鶴見俊輔さんらと65年に「ベトナムに平和を! 市民連合」(ベ平連)を結成。脱走米兵の支援などのベトナム反戦運動に取り組み「行動する作家」と呼ばれた。

 その後も歴史家の色川大吉さんらとの「日本はこれでいいのか市民連合」や、韓国の反体制詩人金芝河さんの救援活動なども展開した。

 2004年には、作家の大江健三郎さんらと「九条の会」の呼び掛け人となり、晩年まで粘り強く平和運動を続けた。

 また95年の阪神大震災は、兵庫県西宮市の自宅で被災。生活再建支援法の制定を求めた。

 「現代史」「ベトナムから遠く離れて」「玉砕/Gyokusai」など著書多数。

88年、小説「HIROSHIMA」でアジア・アフリカ作家会議のロータス賞。97年、在日韓国人の義父を描いた小説「『アボジ』を踏む」で川端康成文学賞を受けた。


[ 2007年07月29日 03:15 速報記事  スポーツニッポンより]
コメント
この記事へのコメント
バリバリの総連活動家
北朝鮮による拉致が事実と判明した後に
逆ギレして日本を糾弾する小田実

>1963年に日本が韓国との国交正常化に歩み始めた時から北朝鮮とも国交回復していれば、
>拉致はなかった。小泉首相は拉致家族に国の政治責任を謝罪すべきだ。
>日本政府は拉致された人がどう死んだのか、誰をどう処罰したのか、
>北朝鮮に明らかにさせなくてはならない。この究明と(拉致被害者家族に対する)国家補償の追及が、
>国交正常化の第一歩だ。一方、日本は朝鮮半島を植民地化する国家犯罪を犯した。
>金正日(総書記)は少なくとも拉致について謝罪したが、日本は従軍慰安婦問題で謝罪も補償もしていない。
>今こそこれをすべきだ。日本が国家犯罪を清算せず、国交ができないために、
>北朝鮮の国家犯罪による自国の犠牲者を生んだ。日朝両国が国家犯罪を認め合い反省することが、
>これからの「国交」の土台となる。
>(平成14年9月18日付東京新聞朝刊社会面「日朝首脳会談 拉致事件・生死判明 識者の声・市民の声」)
2007/07/30(月) 09:47 | URL | やまもと #AIlHpmOk[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する