日本の元気を左右するのは1500万人を超える「団塊の世代」近傍の人々。セカンドライフをどう過ごす? 全面関連情報満載を目指し、コツコツ更新中。
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☆ ショックである。団塊世代にもファンは多いことだろう。

52歳。平均寿命まで三十数年ある。美しい歌声が今でも脳内でこだましている。

ご冥福を祈る。

「別れても好きな人」…シルヴィアさん、肺がんで死去

 大ヒット曲「別れても好きな人」で知られるロス・インディオス&シルヴィアの元ボーカルで歌手のシルヴィア(本名・松田理恵子)さんが28日、肺がんのため都内病院で亡くなった。52歳だった。

シルヴィアさんは昨年に肺がんを患って以降、闘病生活を続けていた。葬儀は近親者のみで行い、後日お別れの会を行う予定。喪主は長男の中山貴大さんが務める。
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楽しみな選手が帰ってきた。

夢よ再び!


アテネ五輪金の野口みずき2年ぶりレース復帰へ
(読売新聞 2010年10月23日)

 アテネ五輪女子マラソン金メダリストで、北京五輪を左脚の故障のため欠場した野口みずき(シスメックス)が、2010年10月24日の実業団女子駅伝西日本大会(福岡宗像市役所発着、6区間42・195キロ)で2年ぶりのレースに復帰することになった。

 23日に発表された最終エントリーに名を連ねた。

 2008年5月の仙台国際ハーフマラソン以来となる実戦は、福士加代子(ワコール)、小崎まり(ノーリツ)らとともに3区(10・5キロ)を走る予定。

 野口は北京五輪後も故障が重なり復帰が遅れていたが、9月中旬にスピード練習を再開した。


● 団塊の世代の場合、池辺良さんとは人生のどのあたりで関わっているのだろうか?

享年92歳だから、約30歳年上だ。

「青い山脈」が1949年だから、団塊の世代が生まれたときには、すでに大活躍中だったということか。

俳優であると同時に文才も豊かであったという。

俳優の池部良さんが死去
2010.10.11 msn産経ニュース

 「青い山脈」など戦後を代表する映画で知られる俳優の池部良(いけべ・りょう)さんが2010年10月8日午後1時55分、敗血症のため、東京都内の病院で死去した。92歳だった。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで済ませた。
■■■ サンケイスポーツが報じる大沢啓二さん逝去直前の状況である。合掌 ■■■ 

大沢親分が急死、硬式球を握りしめ天国へ
サンケイスポーツ 2010年10月8日

 プロ野球の日本ハムなどで監督を務めた大沢啓二(おおさわ・けいじ、本名昭=あきら)氏が7日午前7時25分、胆のうがんのため都内の病院で死去した。78歳。1981年、日本ハムを球団初のリーグ優勝に導き「親分」と親しまれた熱血漢。自身が出演していた日曜朝のテレビ番組での流行語の通り「あっぱれ」な野球人生だった。

 もう愛情に満ちた「喝!!」は聞けない。親分が突然、天国に旅立った。大沢氏は2010年9月19日までレギュラーコメンテーターだった日曜朝のTBS系「サンデーモーニング」に出演。その4日後の23日に入院した。
懐かしい! 団塊の世代にとって尾崎豊とはどういう存在だろう? 息子や娘の世代に当たるのではないだろうか?

子育ての喜怒哀楽とオーバーラップする感情を沸き立てられる不思議な存在なのかもしれない。

彼の息子が徐々に活躍の場を広げる、そんな時代になってきている。


尾崎豊さん長男DJデビュー!あのCMでは父曲をカバー
2010年10月4日 msnエンタメ情報   (プランテック)

 1992年に亡くなった歌手・尾崎豊さんの長男・尾崎裕哉さんが2010年10月2日、InterFMの新番組「CONCERNED GENERATION」でDJデビューを果たした。

彼のDJを一度聞いてみよう  コチラへ

 同ラジオ番組の放送に先駆け、PR用に収録された肉声も公開。「Hey!What?s Up!DJの尾崎裕哉です。今俺が伝えたいメッセージを強烈に放ち、ボーダーレスな音楽を届けます。そして音楽で地球を救うプロジェクト、“ミュージック・セーブ・ジ・アース・プロジェクト”を実現していきます」と意気込みを語っていた。

 5才からアメリカで生活し、高校入学と同時に帰国。現在21歳、慶応義塾大学3年生の裕哉さんだが、1日から放送のクレジットカード会社CMでは父・豊さんの名曲「I LOVE YOU」のカバーを披露しているなど、注目が集まっている。
□ 現在の女性の平均寿命より10年ほど若い。がんだったそうだ。

3年半闘病生活を送ってこられたようだ。 ご冥福を祈ります。

池内淳子さん死去「日本のお母さん女優」76歳
2010.09.30 ZAKZAK



 テレビドラマ「女と味噌汁」や映画、舞台で幅広く活躍した女優の池内淳子(本名・中澤純子=なかざわ・すみこ)さんが、2010年9月26日午後4時21分、肺せんがんのため東京都内の病院で死去した。76歳。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く。

 池内さんは2007年4月に間質性肺炎と胸水貯留のため翌月出演予定の舞台を降板。当時は明かされなかったが、所属事務所は訃報を伝えると同時に、肺の右上葉に肺せんがんが見つかり、抗がん剤治療を行っていたことを公表した。がんはほぼ消えていたが、今年3月ごろから再び悪化、治療を続けていた。
☆ 寂しい。それしか言葉が浮かばない。

もう86歳だったのか、という印象だ。 ご冥福を祈ります。

俳優の小林桂樹さん死去
時事通信 2010年9月18日

喜劇映画「社長シリーズ」のサラリーマン役など、庶民的なイメージで人気を集めた俳優の小林桂樹さんが、2010年9月16日午後4時25分、心不全のため東京都港区の病院で死去した。86歳だった
☆ クレージーキャッツの主要メンバーとして大活躍した谷啓さん。団塊の世代にとっても、懐かしい人だと思う。

入院中の突然の死、という悲報が今日流れた。ご冥福を祈ります。



“ガチョーン”谷啓さん突然の死、78歳
(2010年9月11日 読売新聞)

 クレージーキャッツのメンバーとして映画「無責任」シリーズなどで活躍し、“ガチョーン”などの流行語も生みだした俳優の谷啓 (たにけい)(本名・渡部泰雄わたべやすお)さんが2010年9月11日午前5時ごろ、入院先の杏林大学医学部付属病院で亡くなった。

 78歳。告別式などは未定。10日午後6時ごろ、東京都三鷹市内の自宅の階段でつまづき顔や頭を強打、同病院に運ばれていた。
☆ 米国で新天地を模索していたが、このほど引退を決断したという。

右足の負傷が主原因だという。まだ38歳だが、有名になったから、日本で安い給料で頑張るというわけにもいかないのかな? 小柄ながらパンチ力のある打撃は頼りがいのある雰囲気を醸し出していたが、またそういう選手が一人消えていくのは寂しい限りだ。


プロ野球:仁志が現役引退 米で右脚痛め決断
毎日新聞2010/06/09

 プロ野球の巨人、横浜で活躍し、今季から米独立リーグ、アトランティック・リーグのランカスターに所属していた仁志敏久内野手(38)が2010年6月8日、現役引退を表明した。
☆ これは大事件! という視聴者もきっと多いことだろう。特に団塊の世代のおじさん方。でも彼女の言う通り。いつまでもワンパターンの演技を求めるのは失礼だ。60歳を前にして新たな分野への挑戦を楽しもうとしている彼女に拍手を送ろう。

“卒業”の由美かおる「人生は一度きり」
2010.4.5 msn産経

 TBS系の人気時代劇「水戸黄門」でレギュラー出演が25年目に入り、12日に始まる第41部を最後に降板することになった女優、由美かおる(59)が2010年4月5日、東京・赤坂のTBSで記者会見した。

「白塗りの芸者の役や、悪代官に(眠り)薬を入れたりして退治するのが楽しかった」と笑顔で振り返った上で、

「人生はたった一回きり。自由に時間が使えるので、これまでやってきた習い事を生かし、海外での弾き語りなどいろんなことに挑戦したい」

と語った。
★ 一つの時代を象徴した人物がまた一人いなくなった、という印象有り。立花隆氏の作品などを通じて、彼女の存在を知ったが、それほど深く人となりを知ったわけではない。彼女がたどった道や存在意義などをあらためてたどるような人は出てくるのだろうか?

「越山会の女王」佐藤昭子さん死去

2010年3月12日アサヒコム

 田中角栄元首相の元秘書で、田中氏の選挙区だった旧新潟3区の地元後援会「越山会」の女王と呼ばれた佐藤昭子(さとう・あきこ)さんが2010年3月11日午前7時45分、心不全のため都内の病院で死去した。81歳。葬儀は近親者で行った。
☆ 朗報だ。また4年間、険しい表情で張り詰めた緊張感と好奇の目にさらされて生きるのは、20歳前後の女性にとって辛いことだろう。エンターテインメントの世界で花を咲かせるも良し、普通の学生生活を満喫するのもいいだろう。とにかく、そっとしておいてほしいものだが、韓国世論が彼女をどう扱うか、興味のあるところ。嫌な現象が発生しなければいいのだが………


ヨナやっぱり引退へ「これからは楽しく」 
(2010年2月28日 デイリースポーツオンライン)

 フィギュアスケート女子金メダリストのキム・ヨナ(19)=韓国=が、今季限りで競技から引退し、プロスケーターに転向することを示唆した。エキシビション後「人生で1番のゴールは達成した。これからは楽しく滑りたい」と話した。来月の世界選手権(2010年3月22‐28日、イタリア・トリノ)が、ライバル・浅田との最終決戦となりそうだ。

 エキシビションでは、1月に用意したという金メダル仕様の演目「タイスの瞑想(めいそう)曲」を披露。ジャンプではミスもあったが、女王の貫禄漂う演技で観衆を沸かせた。「緊張したけど楽しめた。みんなに気に入ってもらえたらうれしい」と、吹っ切れたような笑顔も見せた。
☆ 大阪名物ハリセンチョップ    大好きな芸だった。 とても悲しい。 しばらくしたら、また動画で見たいものだ。

南方英二氏死去 チャンバラトリオで活躍
2010/02/27 【共同通信】

 南方 英二氏(みなかた・えいじ=タレント、本名楠本喜八郎=くすもと・きはちろう)2010年2月26日午後8時33分、肝硬変のため大阪府の病院で死去、77歳。和歌山県出身。葬儀・告別式は親族のみで行う。


 東映に入社後、時代劇の切られ役をこなし、63年結成のお笑いグループ、チャンバラトリオでは「かしら」の愛称で親しまれた。大きな扇子で顔をはたく“ハリセンチョップ”など時代劇風のコントが人気を博した。
☆ 日曜日夜7時半、象印魔法瓶提供の歌番組が強い印象になって残る。親父(ひろし)が親戚の人に「あんた、玉置宏さんにそっくり」と言われ、ぶつぶつ言い返しながらもそれほど嫌そうな顔でもなかったことが懐かしく思い出される。出演者が気持ちよく歌えるように気を配りつつ、自分流の話し方をしっかりと印象に残すプロフェッショナルであったように思う。ご冥福を祈ります。

「1週間のごぶさたでした」司会者の玉置宏さん死去

2010年2月12日 asahi.com

 歌番組の軽妙な語りで知られる司会者の玉置宏(たまおき・ひろし、本名玉置宏行〈たまおき・ひろゆき〉)さんが2010年2月11日午前10時33分、脳幹出血のため死去した。76歳だった。葬儀は近親者で行った。後日、お別れの会を開く予定。

 明大卒業後の1956年、文化放送にアナウンサーとして入社。58年にフリーになり、同年から始まったTBS系「ロッテ歌のアルバム」の司会を約20年にわたって務めた。

番組冒頭に視聴者に語りかける「1週間のごぶさたでした」は流行語になった。
☆ 思い間違いかもしれないが、巨人軍のマネジメントに大して厳しい論調であったように記憶。作家の場合、死後も作品が読み継がれるという点が一般人とは異なる面があるように思う。団塊の世代より若い人が亡くなると、凄く早い旅立ちのような気がする。

作家の海老沢泰久さん死去 59歳、「帰郷」で直木賞   2009年8月14日asahi.com

 F1やプロ野球などを題材にしたスポーツノンフィクションで知られた直木賞作家の海老沢泰久(えびさわ・やすひさ)さんが2009年8月13日午後4時20分、十二指腸がんのため東京都内の病院で死去した。59歳だった。通夜は16日午後5時30分から、お別れ会は17日午前11時30分から東京都大田区石川町2の5の2の雪ケ谷総合式場で。喪主は妻順子さん。
☆ 老後は誰にもやってくる。現役時代の集大成という面もあるだろうし、現役時代の富や名声・人脈などとは独立に人間としてどう生きてきたかが問われる面もあるんだろう。彼については、テレビの司会者などの全盛期にチラッと見た程度なので、人柄や行状についてよくはわからない。会いたくない人の側にも相応の理由があるんだろうけど、かつての関係者の間で会いたくもない、という関係が残っているようなのはもの悲しい思いがするばかりだ。


山城新伍さん 老人ホームで孤独な最期 (デイリースポーツオンライン)

 俳優で司会業もこなした山城新伍(本名・渡辺安治)さんが2009年8月12日午後3時16分、誤嚥(ごえん)性肺炎のため東京都町田市の特別養護老人ホームで死去していたことが、14日分かった。70歳だった。臨終をみとった親族は弟のみ。女優で元妻の花園ひろみ(68)や長女・南夕花(42)とは絶縁状態で、孤独な最期となった。

  ◇  ◇
● 2009年5月11日に下咽頭(いんとう)がんで亡くなった作曲家三木たかしさん(享年64)の告別式が20日、東京都港区の増上寺で行われた。友人代表として作詞家荒木とよひさ氏(65)とタレント萩本欽一(68)が弔辞を読んだ。その状況と内容を伝える日刊スポーツの記事から印象的な箇所を抜粋しておく。 なお、 前日19日の通夜に参列した1200人とこの日の700人。合わせて2000人近い弔問客が別れを惜しんだと伝えられている。●

荒木とよひさ氏: 三木さんが残した約2000曲のうち、は400曲以上をともに紡ぎ出した“戦友”

何度もおえつをもらしながら

「できるなら、たかしちゃんの隣に付き添って一緒に行ってあげたい」と絶叫した。

そして、きまじめで一本気な三木さんがついた「たった一つのうそ」をなじった。

「僕は長生きだから、90歳まで生きて、とよさんの弔辞を読んであげるって言ったのに…。どうして先に逝ってしまったんですか!」。

涙で言葉を失う荒木氏に、会場では多くの参列者がもらい泣きで目頭を押さえた。
森昌子さんの「愛傷歌」(YouTube)

さすが三木たかしさん、いい歌である。森昌子の歌唱力も素晴らしい。

この機会に、森昌子が歌う動画をYoutubeで探してみた。彼女の曲でないものを集めた。歌のうまさが際立っている。
● 2009年5月9日、ロック歌手忌野清志郎さんの葬儀、告別式が、東京都港区の青山葬儀所で営まれ、俳優の竹中直人さんが弔辞を述べた。その要旨がスポニチに掲載されていたので、メモっておく。 ● 

竹中直人さんは、1956年3月生まれだから、清志郎さんより数年若い。兄弟のような感覚だろうか。
☆ インパクトの強い人でした。団塊世代のすぐ後に生まれた方だったんですね。もっと若いようなイメージが………。一度手術から復帰したのを知っていたので、今回の訃報は突然という印象有り。

 ロック歌手の忌野清志郎さんが2009年5月2日午前0時51分、癌性リンパ管症のため死去したことが分かった。享年58歳。近親者のみで密葬を行う。